ブルースはパンク(吉井浩平の散文その3)
”僕、パンクロックが好きだ”
甲本ヒロトがブルーハーツの時に「パンクロック」という曲の中で歌ったことが全てを語ってくれているけど、まさにパンクロックは優しい。
ザ・クラッシュのジョー・ストラマーの誠実さとか、ミック・ジョーンズの書くメロウな音楽とか。
ヒリヒリしてるのだけれど、優しいのだ。
僕にはBLUESという音楽も、それと同じ匂いがした。これは、共感してもらえるか分からないけど。
膝を抱えて下を向いている君をひょいとすくいあげて、楽しむ方法を教えてくれるのだ。
怪しげなスマイリースマイルで。
最初に知ったブルース・ネーム
まだブルースを聴く前、17歳の時に名前を知っていたブルースマンが何人かいる。
ザ・ハイロウズの「パンチョリーナ」という曲中の
“マディ・ウォーターズ、ハウリン・ウルフ、サニーボーイ、ライトニン、イカしたニックネーム”
という一節に登場した人達だ。
僕が高校二年生の時に発表された『Relaxin' with THE HIGH-LOWS』というアルバム。僕は当時明けても暮れても聴きまくっていて、その中でも特にこの曲がお気に入りだった。
上手くいかないことがたくさんあって、不覚にも後ろを振り向いていた主人公に声をかけてくれた友達。その友達がつけてくれたニックネームに嬉しくなった。
そうか、憧れのブルースマン達の名前もかつては他人につけられたニックネームだったのだ。
これがあればもしかしたら僕はなりたいようになれるし生きたいように生きれるんじゃないか。
こういうことをヒロトに歌わせたブルースマン達はどんな人達なんだろうと想像を膨らませた。
もちろん、“BLUES”という音楽をまだ知らなかったので、音楽雑誌に出てくるが故に「マイルスなのだよ」とか友人にほざきながら、知ったかぶりで同じくまだ聴いたことのなかったマイルス・デイヴィスやジョン・コルトレーンと同系列のレジェンドだと思っていたのだけれど。
初めて聴いたブルースの音源
ひょんなことからある日、僕はブルース・セッションに出会い、ブルースの魅力に取りつかれてしまった(以下参照)。
その日、そこのお店で優しくしてくれたおっちゃんから紹介してもらったブルースは二枚あった。
「兄ちゃん、来月も来るんやろ?」
「来たいです!」
「そしたら、CD貸したるわ。これ覚えてきたら一緒にやろ」
その一枚がケニー・ウェイン・シェパードという人のファースト・アルバムで、ギターが好きな人の音楽という印象だった。
「あとな、俺はこれはちょっと苦手なんやけど、ロバート・ジョンソンていってクラプトンのカバーで有名なクロスロードの原曲やってる人なんや。」
戦前ブルースのコンピレーションだった。
これが最高だった。もちろん、初めてビートルズやオアシスを聴いたときのような分かりやすい衝撃ではなかったのだけれど、何とも言えない心地よさがあって、離れられなくなってしまった。
パチパチいうノイズや、ダウナーなのに妙に心地よい独特な和音と歌とエンドレス感。
「あ、これはブラーの『13』やグレアム・コクソンのソロの感じ、ニルヴァーナの『イン・ユーテロ』に質感が似てる。心の奥の深い所から鳴ってる感じがする。」
それまで触れてきた数々のオルタナティブな音楽の体験、その同一線上に戦前のブルースが現れたのだった。
まさに自分の気持ちを代弁してくれるものとして。
くそったれを蹴飛ばすためのブルース。さあ、足を踏み鳴らそう。踊らされる前に踊るんだ。
状況にひれ伏し、嘆き悲しむためのものじゃない。
生きながらにして殺されることを拒否しよう。
あいつらの思うようにはさせないぜ。楽しんでやるのさ。
僕は評論家じゃないので、ブルースの魅力を伝えるための的確な言葉を知らないし、知識も少ない。なので音楽的にどうだとかは語れないしそういうのは本業の方にお任せするとして、
僕なりの“ブルースはパンク”だという人と曲を挙げていこう。
リトル・ウォルター
キャッチーな曲調とアンプリファイドされた深い音色のブルース・ハープが特徴的なリトル・ウォルター。とにかくやさぐれてる。
「とにかく俺は気に入らないんだ」とでも言いたげなささくれ感がパンク。
Little Walter - Who
Little Walter - Boom, Boom Out Goes The Light
フォレスト・シティ・ジョー
サニーボーイ一世(ジョン・リーさんの方)直系のスタイルでマディ・ウォーターズの最初のハーピストみたいだけど、大成はせずに33歳で死亡。
たたみかけるような歌と鋭利なブルース・ハープが危険な香りでいっぱい。
とにかくパンク。
Forest City Joe - Stop Breaking Down
Forest City Joe - Train Time
ビッグ・ウォルター・ホートン
ジミー・ロジャースの「Walking By Myself」でのプレイが最も有名かもしれない。
「Easy」にあるように、繊細なトーンから爆発的なトーンまで、色彩感豊かなブルース・ハープが耳を捕らえて離さない。「Leaving In The Morning」のライブ演奏を聴けばブルースはパンクだと分かる。
Big Water Horton - Leaving In The Morning
Big Walter Horton - Easy
ハウンド・ドッグ・テイラー&ザ・ハウスロッカーズ
これはもうパンクそのものだ。とにかく、アンプに突き刺して、ブインと音が出れば後はブギーするだけ。「ヒャッハー」と笑い飛ばしながら、ブルースを蹴飛ばす最強トリオ。パンク。
Hound Dog Taylor And The Houserockers - Wild About You Baby
Hound Dog Taylor And The Houserockers - What'd I Say youtu.be
スヌーキー・プライヤー
「Boogie Twist」を聴いて心が踊らない人はいるのか?アクセル全開のブギー。この演奏が録音されて残っているのがブルースの財産。後生に渡って残し続けないといけない。これを聴いたらパンクスだって逃げ出すぜ。
Snooky Pryor - Boogie Twist
Snooky Pryor - Crazy 'Bout My Baby
ライトニン・スリム
「It's Mighty Crazy」は完璧なポップ・チューン。ストーンズやキンクスが放てば多分No.1ヒットを記録するだろう。昔、このイカしたナンバーをウーハーガンガンに効かせた車で鳴らして、街中を疾走したことがある。もちろん、完全なモテ行為の一環として。結果、全くモテなかった。
Lightnin' Slim - It's Mighty Crazy
Lightnin' Slim - Rooster Blues
マディ・ウォーターズ
「パンチョリーナ」に登場したブルースマンを挙げていこう。まず御大マディ・ウォーターズ。ていうか説明不要のビッグ・ボス。破壊力抜群。白人は黒人を大人の男に対してもボーイと呼んでいた。「Manish boy」での“ボーイじゃない、マンだよマン”という宣言は多分想像以上にラジカル。
Muddy Waters - Mannish Boy
ハウリン・ウルフ
声のインパクトはブルース史上No.1だろう。見た目は完全に田舎のおっさん。トラクターが似合う。この大男が這いながら、遠吠えをしながら歌う。スタイリッシュの対極。
Howlin' Wolf - How Many More Years
サニーボーイ・ウィリアムスン2世(ライス・ミラー)
怪しい雰囲気が見た目に出まくってる。「金貸して」と言われても絶対に貸してはいけない。絶対に返ってこない。喋ったことないけど、多分そうだろう。あと、ハーモニカの音が声みたい。ヒロトは“ち○ぽがハーモニカ吹いてる感じ”と言っていた。
Sonny Boy Williamson II - Eyesight To The Blind
ライトニン・ホプキンス
ガハハと笑いながら何の躊躇いもなく人を撃ちそうな雰囲気。ギャング。ギターの音がブリブリしてて、無敵のウォーキング・ベースを聴いたら、もう虜になるしかない。
Lightnin' Hopkins - Mojo Hand
と、あれこれ考えるうちにあれもこれもとなってしまい収集がつかなくなってしまったので、戦後のコンボ・スタイルを形成してからのブルースで、止む無く以上の10人に絞った。
ブルースいいなって思ったら、是非、色々探してみて。本当に、いっぱいあるよ。
ライターの田中宗一郎氏があるバンドを評して、「雨に濡れた仔犬が可哀想な目で“僕を見て”と訴えているような表現は嫌い」とかつて言って、なるほどと思った。
僕がブルースが好きな理由の一つは、悲しいことや憂鬱なことがあったときに、それらを笑い飛ばしたり蹴散らしたりしようとする力があると感じたから。
同じく僕の好きなパンクやレゲエやお笑い芸人の表現の根本がブルースにあると思う。
悲しいことが起きて、そのど真ん中で打ち負かされている時、人はそれを変換する力を持ち得ない。
だけど、そこから立ち上がろうとする時、友達や恋人のように強力な味方になってくれるものがある。
漫画や小説や映画でも、音楽やお笑いでも、僕はそういう力を持つ表現が好きだ。